線路沿いと残暑と風鈴と 2

storys

『「おい、俺スイカバーしか買ってねぇぞ、成長止まるぞ」

「成長が人生の命題ですけど?」』

彼は、成長してくれるのだろうか?

そもそも、私が求めている成長と、彼の言う成長は同じなのだろうか?

大学の3年。

今までと同じではいられない雰囲気が漂いだしていた。

彼と付き合いはじめてから、もう2年になる。

大学1年の夏。

入学してすぐサークルに入って、彼と出逢った。

彼の家が大学の近くという理由で溜まり場になり、
嫌だったろうに、何も言わず、むしろ笑顔でみんなを招待していた。

最初の頃は、無理してるんだろうなって思ってたし、たぶんそうだったんだけど、
気づけば、それが普通になっていた。

彼の順応する能力の高さに、
少しうらやましいと思った。

距離が一気に近づいたのは、7月のこと。

みんなで集まろうって言ってたのに、
普段から少しいい加減な仲間たちは
時間通りに来なかった。

生真面目なわたしは、
約束を破ることができない。

彼の部屋には、彼と私だけだった。

普段からかなり話している、と思う。

気まずさなんてない、はず。

だけど、

彼となんの話をしたらいいのか、
途端にわからなくなった。

彼のことをずっと見ていたから、

何を話せばいいかわからなくなった。

きっと、軽率なことを口にして嫌われたくなかったんだ。

喉元まで来ている感情の正体を、
まだみないようにしていた。

「まみりんとかようちゃんとか、みんな来ないねー」

少しでも紛れるように、
紛らわすために、
とにかく言葉を発したかった。

「うん」

プァーーン ゴトンゴトン

遠くの方で電車の音がする。

黄色い小さいソファーに座る彼は、
おもむろに立ち上がり、テレビ台の上の小さな箱を開けた。

「前さ、言ってたこと覚えてる?」

脈絡なくそんなことを言うから、言葉のボールをうまく返せなかった。

「え?なんだっけ?」

「ほら、どの風鈴が一番良い音するかって話したじゃん」

あぁ、そんなこと話した気がする

「うん」

「君が言ってた南部鉄の風鈴っていうのが、ずっと気になっててさ。
『南部鉄の風鈴は、高く澄んだ音で、残したい日本の音百選にも選ばれてる』って言ってたじゃん。買っちゃった。素敵じゃん、そういうの」

たしかに言った。

私の2つ上の、人と違うことが生き甲斐の兄がひけらかした知識は、
彼のハートをがっちり掴んでいた。

「君に会ってなかったら、この音を聞かなかったかもしれないし、聞いてもなにも思わなかったかもしれないよね」

彼は続ける。

「当たり前のことが、当たり前じゃなくなるって、すごく好きなんだよね」

あぁ、そうか。

なんでも素敵なものに変えちゃうんだ、この人は。

その時、この感情の正体を確信した。

それからほどなくして付き合って、
今に至る。

今もこの部屋で一緒に過ごす。

あの時は、
先のことなんて考えてなくて、ただただ一緒にいられればよかった。

あの日つけた風鈴は、
この2年間、ずっと同じ音を鳴らしつづけ、

私たちは同じ時間を過ごした。

世の中では「こんにちは!」と挨拶をする時間に
ボサボサ頭で、上下スウェットで、だらだらと歩く。

そして、今日も。

すごく、楽だった。

こんなもん、一生続けばいい。

でも

これでいいんだろうか。

そして

はたして、私は今、

彼がすきなのだろうか。

この「楽」から離れられないだけなんじゃないか。

彼の溶けたスイカバーの水滴を見ながら

そんなことを考えていた。

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