渋谷3号線の時間軸 4

storys

「おれ、会社辞めることにした」

外回りから帰ってきて、お昼を一緒にとろうと誘われて、近くのラーメン屋さんに行った。

つけ麺が売りなようで、メニューにはでかでかと写真が貼られている。

かつおだしの良いにおいが鼻を刺激する。

いつもなら空腹感を感じるような香りにも、今日は反応できない。

「へぇ…そうなんですね」

「うん、今までありがとうね、楽しかったよ」

彼はたぶん、こっちを見ないで言った。

次は決まってるんですか?

本当は聞きたかったけど、聞かなかった。

「ねぇ、今まで聞かなかったけど、聞きたかったこと聞いても良い?」

「はい、何ですか?」

「恋とかしてないの?」

「恋。」

思ってもみなかった質問で、うまく反応できなかった。

「そう、恋。ずっと聞きたかったけど、こいうのってなかなか聞きにくいじゃん。だから、もう聞いちゃおうって。」

「してないですねー、出会いもないし。」

「ふーん…そうか、もっと面白い返答がくることを期待したんだけどな!」

「なんですか、面白い返答って。」

「じゃあ、どうしたら恋愛対象になるの?」

「そんなの、わからないですけど、でも、その人みたいになりたいって思えたら、それは好きなんじゃないですかね」

「なるほどね、そうなりたいかー」

つけ麺がきた。

そのまま話が終わった。

話をはぐらかされたような、
辞める話を掘り下げられたくなかったんだと思った。

彼が辞める。

その日、家に帰って考えていた。

きっと、何かやりたいことができたんだろう。
私には想像もつかないようなことをやろうとしている。

応援しないといけない。

会えなくなるかもしれない。

よく考えたら、
知ってる彼の連絡先も、会社の携帯だ。

実は何も知らないんだ。

聞けばいいんだろうけど、
今さらどう聞けばいいかもわからない。

会えなくなるかもしれない。

もう二度と。

でも、彼が前に踏み出すなら、やはり応援しないといけない。

首都高はいつもと同じように流れていたけど、
時間はしっかり進んでいた。

−−

「次はどこに住むの?」

窓辺に置いてあるランプを段ボールに入れている時に、友達に聞かれた。

「もっと落ち着いたところだよ」

私はここを離れることにした。

彼は仕事を辞めた。

いともあっさりと。
まるで、当たり前のように。

「じゃあな、元気でな」

彼からの最後の言葉。

「はい、お元気で」

それだけの会話。
それ以上、何も交わさなかった。

びっくりするくらい拍子抜けだった

他の人には何もなくても、私には何かあると思ってた

その自分の気持ちに驚いた。

私は、特別だと思っていたのか。

あれほど悩んで、結局連絡先を聞くことは、できなかった。

その日、首都高横を離れることを決めた。

もう、ここにいる意味がなかった。

ほぼ片付いた段ボールだらけの部屋。

風が通り抜けて、部屋のにおいを消していった。

少し、肌寒い。

窓を開けた。

「次もいいところだったらいいね」

友達の声を聞きながら、タバコに火をつける。

「うん」

首都高はいつものように流れていた。

会えなくなることは、死に別れることと大差はない。

その瀬戸際にいて、確かに私はそれを止めたかった。

離れたくなかった。

もっと、近くにいたかった。

もっともっと、理解したかった。

でも

結局、何もわかってあげられなかった。

わかろうともしなかった。

そのことに気付いた時には、もうすべて終わっていた。

後悔をしている気持ちを、自分で隠す。

これは、恋ではない。

私は、都会が好きではなかった。

ここは
空気も悪いし、うるさい。外に洗濯物も干せない。

でも、

流れるテールランプが、自分を少しだけ好きにしてくれた気がした。

おわり

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